進学校、有名大学、有名企業でいい気になっている人へ

進学校、有名大学、有名企業でいい気になっている人へ

そんなにいい気になることじゃないよ。との立場から思ったこと書きます。


学校での成績での最高は、全部100点。
例えば、中学校の5科目合計(英国数理社)で500点のAさんがいます。
これが一番成績良い。
ただ、そのことが、「一番頭が良い、成功できる」となると分かりません。

Aさんは、中学校レベルの問題で500点です。一番の偏差値の高い高校に進学でき、良い環境で勉強できるでしょう。しかし、その問題が高校や大学レベルであったならば5科目で0点でした。まだ習っていないからです。

一方、5科目(英国数理社)で数学だけ100点で、残りは0点のBさんがいます。
Bさんは成績下位です。5科目平均20点の劣等生です。
しかし、数学は天才的で大学レベルの問題であっても100点が取れます。学校では習っていませんが、興味があったので図書館やネットで勉強しました。
しかし、偏差値の高い高校へは進学できないでしょう。

偏差値の高い高校へ進学した人、ただそれだけの人です。
少し足が速いとか、少し絵がうまいとかと同レベルで、その限られた範囲で勉強ができただけです。努力したことは誇ってよいと思いますが、万一、変な選民思想があるならば恥ずかしいですし、危険ですらあるので、その考え方は捨てたほうが良いです。
先ほどのAさんとBさん、どちら頭がいいかは分かりませんが、一般的にはむしろ劣等生であるBさんの方が人類の進歩に貢献できる可能性が高いかもしれません。

Aさんは、学生を卒業すれば、普通のサラリーマンになる可能性が高いと思います。学校の勉強ができるとは、そういった「普通」のレールに乗るのに適している証明でもあると思います。高い学歴であることから、有名企業に入れる可能性は高いかもしれません。

有名企業、それこそが重要だと思う方もいるかもしれませんが、仮にその会社での年収が1000万だろうが2000万だろうが、それは高年収ではあるものの普通の範囲内であることを肝に銘じて、謙虚に生きてください。仮にジェフ・ベゾスイーロン・マスクなどから見たら年収2000万の増減は誤差の範囲でしょう。
そして自分の得意を認めてくれた社会に感謝してほしいです。たまたまそういう時代に生きただけで、江戸時代でしたら家柄で年収が決まり、縄文時代であれば体力で年収(食べ物を収穫できる量)が決まっていたと思います。
たまたま時代が自分に適しており、幸運によって高年収であることを感謝しながら、社会への恩返しの気持ちで税金を払ってほしいです。
あなたが下に見ていたあの人は、時代が違えば立場が逆になっていたかもしれないのです。ただ運の良さの違いです。

Bさんであれば、あるいは普通ではない年収や名声を得るかもしれませんが、それは分かりません。なんせ運の要素が大きいですから。